沖縄から中国を感じられる場所、福州園

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沖縄には中国を感じられる場所があるのですが、それがどこかご存知ですか。
それがここ「福州園」です。
沖縄で中国?と思われる方も多いのではないでしょうか。
実は中国と深い関係にあった琉球。
今回は那覇市久米にある「福州園」から見る琉球と中国の歴史について紹介します。

【琉球と中国の関係】

沖縄の前の姿である「琉球王国」。
1429年から1879年までの450年間、実際に沖縄に存在した王国です。
尚巴志王(しょうはしおう)と呼ばれる王様を中心に、一番栄えていた時代には奄美大島まで統治していたといわれています。
そんな琉球王国は、その時代の中国である明(みん)と冊封体制下にありました。
冊封体制とは、中国皇帝が近隣諸国(ここでは琉球)に官位を与えることで、琉球王国の国王である尚巴志王は、琉球の王として認められるということを意味します。
つまり冊封とは、中国が近隣諸国の王様を決めるということ。
なぜ中国が王様を決めるのか。
それは琉球が中国の藩国だからです。
藩国とは、琉球が中国の支配下であったといういことを意味します。
そう、琉球王国は日本(薩摩)の支配下に置かれる前まで、中国の支配下にあったのです。
その冊封体制下のもと、琉球は中国へ貢ぎの品を納め、中国もそれに対して下賜品を琉球へ送るという関係が続いていました。

琉球王国
参考URL:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%89%E7%90%83%E7%8E%8B%E5%9B%BD

中国からの贈り物である下賜品の中には、実は人も含まれていました。
その人々が後に那覇市久米に「久米村」を築きあげる久米三十六姓だったのです。
福建からやってきた久米三十六姓は、船舶に関する技術をもった方ばかり。
海に囲まれ、異国へは船での移動が当たり前だった琉球では、彼らは非常に役に立つ存在でした。
そのため、久米三十六姓は琉球王国の中でも重役を任され、琉球の発展に寄与したといわれています。
そんな福建の方々への友好的なシンボルとして、那覇市久米には「福州園」があるのです。

【友好のシンボル、福州園】

福州園は白い外観に囲まれ中の様子が伺えないので、沖縄の方でも見たことはあるけど入ったことがないという方が多くいるよう。
最近では外国人観光客が増加しており、特に中国や台湾の方が団体で訪れています。
そんな福州園の中は中国の庭園をイメージさせるものとなっており、中にあるものすべてが中国の建築様式で建てられたものなのです

沖縄にも中国の建築様式を取り入れている建物は多くありますが、建物内のすべてが中国の建物様式というのは、沖縄に福州園しかありません。
中には人工の滝もあり、その上には展望台も用意されていて、そこからは久米の様子だけでなく、那覇の街も眺める事ができます。
福州園にいると、まるで中国の歴史映画の中にいるような感覚に陥るでしょう。
入場は無料で駐車場も用意されておりますので、気軽に訪れることができますよ。

福州園
参考URL:
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Fukushuen_Naha_Okinawa06s3.jpg

いかがでしたか。
琉球はその後、薩摩に支配され、日本の統治下となりました。
しかし、琉球と中国との歴史や久米三十六姓の功績は消えるものではありません。
福州園を訪れ、その時代について考えるだけでも、歴史や現在の政治に対する見方も変わってくるのではないでしょうか。